一般社団法人ココロ未来学院
human rights

誰一人置き去りにしないために、の始まり~人権法を創設~

人権

国連の偉大な業績の一つは、人権法の包括的な機構を創設したことである。普遍的かつ国際的に保護されるべき人権の法典で、すべての国が同意し、すべての人が願望する権利の法典である。国連は市民的、文化的、経済的、政治的、社会的権利など、国際的に受け入れられる幅広い権利の定義を行ってきた。同時に、これらの権利を促進し、擁護するとともに、政府がその責任を果たせるように支援する機構も作り上げた。

この法体系の基礎をなすのが、総会が1945年と1948年にそれぞれ採択した「国連憲章」「世界人権宣言」である。それ以来、国連は漸次人権法の拡大をはかり、今では女性、子ども、障がい者、少数者、移住労働者、その他の脆弱な立場にある人々のための特定の基準を網羅するまでになった。こうした人々は、それまでの長い間多くの社会で一般的であった差別から自分自身を守る権利を持つようになった。

権利は、画期的な総会の決定によって拡大されてきた。こうした決定を通して、権利が持つ普遍性、不可分性、開発と民主主義の相互関連性が漸次確立されてきた。教育キャンペーンを通して、世界の人々は自分自身の持つ固有の権利を知るようになった。その一方で、国連の研修計画や技術指導のもとに、多くの国の司法制度や刑罰制度が向上した。人権規約の順守を監視する国連機構は、加盟国の間で驚くほどの一体性と重要性を持つまでになった。

国連は、世界のすべての人が持つすべての権利を擁護、促進するためにさまざまな活動を進めてきた。国連人権高等弁務官はそうした国連の活動を強化し、調整する。しかし、人権は、平和と安全、開発、人道支援、経済社会問題の主要な領域における国連の活動を統合する中心的テーマである。その結果、ほとんどすべての国連機関と専門機関は程度の差こそあれ人権擁護の活動に関係している。

国際人権章典

国連が創設されて3年後、総会は現代人権法の柱石となった「世界人権宣言(Universal Declaration of Human Rights)」を「すべての人民にとって達成すべき共通の基準」として採択した。世界人権宣言は1948年の12月10日に採択された。それ以来この日は国際人権デー(International Human Rights Day)として世界中で記念されている。人権宣言の30条は、すべての国のすべての人が享受すべき基本的な市民的、文化的、経済的、政治的および社会的権利を詳細に規定している。

人権宣言の第1条と2条は「すべての人間は、生まれながらにして尊厳と権利とについて平等である」と述べ、「人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治その他の意見、国民的もしくは社会的出身、財産、門地その他の地位によるいかなる差別を受けることなく」世界人権宣言に掲げるすべての権利と自由とを享受できると規定している。

第3条から21条まではすべての人間が享有すべき市民的、政治的権利を規定している。

第22条から27条までは、すべての人間が享有する経済的、社会的、文化的権利を定めている。

最後の第28条から30条までは、すべての者はこの宣言に規定する権利および自由が完全に実現される社会的および国際的秩序についての権利を有し、これらの権利が制限されるのは、他の者の権利および自由の正当な承認および尊重を確保することならびに民主的社会における道徳、公の秩序および一般的福祉の正当な要求を満たすことを専ら目的として法律によって定められている場合のみであり、またすべての者は自分の住む社会に対して義務を負う、と規定している。

「世界人権宣言」の規定は広く受け入れられ、また国家の行為を測る尺度としても利用される。このことから、世界人権宣言は多くの学者によって一般に国際慣習法の重みを持つものだと考えられている。多くの新しく独立した国は、基本法もしくは憲法の中で世界人権宣言を引用し、またはその規定を組み込んでいる。

国連主催の下に交渉された人権協定でもっとも幅広い拘束力を持つのが2つの国際人権規約、すなわち「経済的、社会的、文化的権利に関する国際規約」と「市民的、政治的権利に関する国際規約」である。1966年に総会が採択したこれら2つの規約は、世界人権宣言の規定を一歩前進させて法的に拘束力のあるコミットメントに変えると同時に、専門家委員会(条約機関)が締約国の順守状況を監視することを決めている。

世界人権宣言、2つの国際人権規約、市民的、政治的権利に関する国際規約への第一及び二選択議定書はともに、国際人権章典(International Bill of Human Rights)を構成する。